大地の恵み
鶴居に戻ってきた2日目の昨日。
朝になって外をみると、びっくりしました。
2ヶ月前にはあんなに小さかった野菜畑が、緑で多い尽くされています。
冷蔵庫を殻にして極北に出かけたので、さっそく庭から野菜を採ってきて食べました。
じゃがいもに、大根、きゅうりにトマト。。。
家主さんがいろいろと教えてくれて、留守中も面倒をみてくれたお陰で、おいしい野菜が育っていました。
冷凍庫に残っていた鹿肉(これも家主さんが獲ってきたものです)と野菜をいためると、おいしいお昼ご飯。
今は地産地消の食料は贅沢品ですが、思えばすぐ前には普通の暮らしだったんですよね。
でも、都会で育った自分にとっては、野菜や土を触るのも喜びです。
大人になっても、土の匂いや泥にまみれる感覚はやっぱり消えません!
おいしい充実した食事ができました。

"Harvest Time"<収穫の時。あんなに小さかった種が今は大きな野菜になりました。>
朝になって外をみると、びっくりしました。
2ヶ月前にはあんなに小さかった野菜畑が、緑で多い尽くされています。
冷蔵庫を殻にして極北に出かけたので、さっそく庭から野菜を採ってきて食べました。
じゃがいもに、大根、きゅうりにトマト。。。
家主さんがいろいろと教えてくれて、留守中も面倒をみてくれたお陰で、おいしい野菜が育っていました。
冷凍庫に残っていた鹿肉(これも家主さんが獲ってきたものです)と野菜をいためると、おいしいお昼ご飯。
今は地産地消の食料は贅沢品ですが、思えばすぐ前には普通の暮らしだったんですよね。
でも、都会で育った自分にとっては、野菜や土を触るのも喜びです。
大人になっても、土の匂いや泥にまみれる感覚はやっぱり消えません!
おいしい充実した食事ができました。

"Harvest Time"<収穫の時。あんなに小さかった種が今は大きな野菜になりました。>
東京都美術館の展示
昨日東京都美術館にいってきました。
第9回NAU21世紀美術連立展に、出品させていただいた自分の作品を見てきました。
絵画やモダンアートといった前衛的なグループ点ですが、そこに3つの写真を飾っています。
写真は全てドールシープの写真で、1つは横が2mほどある大型パノラマ写真にしています。
忙しい東京の真ん中で、少しでも北の原野にいる雰囲気が伝われば幸いです。
10月3日までの展示ですが、お時間がある方、散歩がてらにいって頂ければうれしいです。
・2008年9月18日〜10月3日
東京都美術館(上野公園内)
第9回NAU21世紀美術連立展
第9回NAU21世紀美術連立展に、出品させていただいた自分の作品を見てきました。
絵画やモダンアートといった前衛的なグループ点ですが、そこに3つの写真を飾っています。
写真は全てドールシープの写真で、1つは横が2mほどある大型パノラマ写真にしています。
忙しい東京の真ん中で、少しでも北の原野にいる雰囲気が伝われば幸いです。
10月3日までの展示ですが、お時間がある方、散歩がてらにいって頂ければうれしいです。
・2008年9月18日〜10月3日
東京都美術館(上野公園内)
第9回NAU21世紀美術連立展
多文化世界とMY パートナー
さて、ようやく家に戻ってきました。
バンクーバーで、一週間すごした後に日本に帰ってきました。
私にはカナダ人のパートナーがいるのですが、両親同士の初の顔合わせと食事会をしました。
父親にとっては初めての海外、そして母親にとっては2度目の海外旅行だったので、彼女の両親とうまくいくかがきがかりでした。
蓋をあければ心配無用。
お互い文化の違いありながらも、リラックスをして、楽しんでいたようです。
母親なんかは、パートナーの父親と音楽にのって踊っていました。
カナダは移民の多い国で、5,6人に一人が国外で生まれて、カナダに住み着いた人たちです。
(パートナーの父親もクロアチアからの移民です。)
特にバンクーバーは西海外の大きな都市だけあって、街を歩けばいろんな人種の人であふれています。
それぞれが違った文化、習慣、言語をもった人たちが一緒に暮らしていくのは大変なことですが、不思議とカナダは大きな問題もなくまとまっているようです。
同じような考えをもっていると思って接すると、違いが出たときに問題になりますが、
最初から違った価値観と思って人に接すると驚きがあって結構楽しいのかもしれませね。
パートナーとも、違った言語、文化はありますが、価値観が似ているためか、あまり大きなケンカをすることはありません。(英語でケンカしても、不利なだけですもんね!)
違いを超えていろいろな人と接すると、そこでいろんな発見ができます。
今までは、知らなかった自分のことも学べます。
北海道は、パートナーにとっては異国の地。
私以上に、驚きや発見の連続ですが、日本という国、そして北海道という土地を楽しんでいるようです。
今までは、あまり写真撮影や旅についてくる機会がありませんでしたが(後ろから本当によく支えてくれていました。)、今後はパートナーとも、できるだけともに一緒に自然や感動を味わって行きたいと思います。
一人で過ごす時間も必要ですが、パートナーであれ、友人であれ、だれかとともに自然の感動を味わうのも悪くはありません。
今日も鶴居村から釧路へ出てくる途中、夫婦の丹頂鶴が飛んでいきました。
彼らもパートナー同士、また冬の食料場である鶴居村へ来ているようです。
バンクーバーで、一週間すごした後に日本に帰ってきました。
私にはカナダ人のパートナーがいるのですが、両親同士の初の顔合わせと食事会をしました。
父親にとっては初めての海外、そして母親にとっては2度目の海外旅行だったので、彼女の両親とうまくいくかがきがかりでした。
蓋をあければ心配無用。
お互い文化の違いありながらも、リラックスをして、楽しんでいたようです。
母親なんかは、パートナーの父親と音楽にのって踊っていました。
カナダは移民の多い国で、5,6人に一人が国外で生まれて、カナダに住み着いた人たちです。
(パートナーの父親もクロアチアからの移民です。)
特にバンクーバーは西海外の大きな都市だけあって、街を歩けばいろんな人種の人であふれています。
それぞれが違った文化、習慣、言語をもった人たちが一緒に暮らしていくのは大変なことですが、不思議とカナダは大きな問題もなくまとまっているようです。
同じような考えをもっていると思って接すると、違いが出たときに問題になりますが、
最初から違った価値観と思って人に接すると驚きがあって結構楽しいのかもしれませね。
パートナーとも、違った言語、文化はありますが、価値観が似ているためか、あまり大きなケンカをすることはありません。(英語でケンカしても、不利なだけですもんね!)
違いを超えていろいろな人と接すると、そこでいろんな発見ができます。
今までは、知らなかった自分のことも学べます。
北海道は、パートナーにとっては異国の地。
私以上に、驚きや発見の連続ですが、日本という国、そして北海道という土地を楽しんでいるようです。
今までは、あまり写真撮影や旅についてくる機会がありませんでしたが(後ろから本当によく支えてくれていました。)、今後はパートナーとも、できるだけともに一緒に自然や感動を味わって行きたいと思います。
一人で過ごす時間も必要ですが、パートナーであれ、友人であれ、だれかとともに自然の感動を味わうのも悪くはありません。
今日も鶴居村から釧路へ出てくる途中、夫婦の丹頂鶴が飛んでいきました。
彼らもパートナー同士、また冬の食料場である鶴居村へ来ているようです。
心の地図
この世界には、たくさんの地図があります。
日本人には、日本が中心とした世界地図がしっくりときますし、
南半球に行くと当然地図は、”逆さま”になっています。
どこに立つかによって、世界の見え方が変わってくるのは、面白いことですよね。
人間一人一人も、きっといろんな地図を持って、まったく違った世界を眺めているのだと思います。
北極点を中心とした地図があるのですが、北の世界を見るときに普通の地図とは違った視点を与えてくれます。
![map[1]](http://blog-imgs-41.fc2.com/n/a/t/naturayukon/20080918042839.jpg)
この地図を見ていた面白いのは、極北の地域、北の世界がつながっているということです。
そこには、カナダ、アメリカ、ロシアやスカンジナビア諸国といった違った国が存在しますが、自然は国境など関係なく繋がっています。
そして、もうひとつ気になるのが、この地図の左上端に、北海道が半分切れて載っていること。
北海道に暮らしてほんのわずかの時間ですが、北の世界の一部として見ると、ヒグマやエトピリカなんかがいることが、ひとつのつながりの中で見えてきます。
この前釧路で出会った海洋冒険家も、北海道をヨットで出発し、今はアラスカに着いています。当たり前ですが、海は陸と陸をつなげているんですね。(アリューシャンで、100年ぶりの火山の爆発に出会ったそうですが、無事のようです!)(Alvah &Diana Simonのブログ)
今回の一人旅では、将来の計画を立てる時間を持つことができました。
わかったのは、もっともっと原野の奥深くはいり、長い時間を過ごしたいということ。
じっくり、ゆっくり、どっぷりと自然やそこに住む人々を体感したいということです。
北の世界の美しさは、その厳しくとも美しい自然と、そこに住む人の自然に対する見方、高度な技術と文化だと思います。
惹かれる地域は、カナダの極北地帯である、ユーコン、ノースウェストテリトリー、そしてヌナブト準州などとカナダ、アラスカの太平洋沿岸です。
そして、今から帰る北海道も、北の世界の視点から、新しいイメージがだんだんとつかめてきました。
今のところ、もうしばらく(どのくらいかはわかりませんが)北海道に滞在し、そしてまた極北に移る予定でいます。
もっと奥深い原野の中に長期間入ってゆくには、道路がない為、車以外の移動手段も必要です。そして、もっともっと自然の中での技術を勉強し、練習をしなければいけません。当然資金と時間も必要です。
ひとつひとつクリアーにしながら、北の世界を回り、そこで”なにか”をつかめたらと思っています。
”なにか”とはなにか。それがはっきりとは分からないのですが、アラスカの火山のように、大きく揺さぶるなにかが、北の自然にはあるような気がしてなりません。
何年か前、目が1ヶ月ほど見えなくなったことがあります。
いろいろと病院をまわりましたが、原因不明で終わりました。
うっすらと光が見えるだけの状態が1ヶ月ほど続きました。
1ヶ月の間、もう一度目が見えることができたら、何をしようかと考え続けました。
今になってみると、どんな答えがでたのかははっきりと思い出せません。
ただ、一度失った見る力。回復するのであれば、なにか大きなものをとことん見てみたいと思ったのは覚えています。それが、今の答え、地図につながっているのでしょうか。
1ヶ月後、目に光が戻りました。
そして、もうひとつ。まだ30歳の私ですが、友人と親戚を含めた何人かが、若くしてこの世から去っています。
一人の死はさまざまなメッセージを残された人に与えてゆきます。
(暗い話でごめんなさいね。)
見えるうちに、生きてるうちに、好きなことをとことんできれば素晴らしいことですよね。
北の自然と、そして自分自身や人とできるだけ繋がっていければ。
そして今はわからない"なにか”を手に入れたあと、その”なにか”を共有できれば。
そんな夢があります。
恐れや不安もありますが、今の心の地図を大切にしながら、様々な人に助けられながら、一歩一歩進んでいきたいと思います。
日本人には、日本が中心とした世界地図がしっくりときますし、
南半球に行くと当然地図は、”逆さま”になっています。
どこに立つかによって、世界の見え方が変わってくるのは、面白いことですよね。
人間一人一人も、きっといろんな地図を持って、まったく違った世界を眺めているのだと思います。
北極点を中心とした地図があるのですが、北の世界を見るときに普通の地図とは違った視点を与えてくれます。
![map[1]](http://blog-imgs-41.fc2.com/n/a/t/naturayukon/20080918042839.jpg)
この地図を見ていた面白いのは、極北の地域、北の世界がつながっているということです。
そこには、カナダ、アメリカ、ロシアやスカンジナビア諸国といった違った国が存在しますが、自然は国境など関係なく繋がっています。
そして、もうひとつ気になるのが、この地図の左上端に、北海道が半分切れて載っていること。
北海道に暮らしてほんのわずかの時間ですが、北の世界の一部として見ると、ヒグマやエトピリカなんかがいることが、ひとつのつながりの中で見えてきます。
この前釧路で出会った海洋冒険家も、北海道をヨットで出発し、今はアラスカに着いています。当たり前ですが、海は陸と陸をつなげているんですね。(アリューシャンで、100年ぶりの火山の爆発に出会ったそうですが、無事のようです!)(Alvah &Diana Simonのブログ)
今回の一人旅では、将来の計画を立てる時間を持つことができました。
わかったのは、もっともっと原野の奥深くはいり、長い時間を過ごしたいということ。
じっくり、ゆっくり、どっぷりと自然やそこに住む人々を体感したいということです。
北の世界の美しさは、その厳しくとも美しい自然と、そこに住む人の自然に対する見方、高度な技術と文化だと思います。
惹かれる地域は、カナダの極北地帯である、ユーコン、ノースウェストテリトリー、そしてヌナブト準州などとカナダ、アラスカの太平洋沿岸です。
そして、今から帰る北海道も、北の世界の視点から、新しいイメージがだんだんとつかめてきました。
今のところ、もうしばらく(どのくらいかはわかりませんが)北海道に滞在し、そしてまた極北に移る予定でいます。
もっと奥深い原野の中に長期間入ってゆくには、道路がない為、車以外の移動手段も必要です。そして、もっともっと自然の中での技術を勉強し、練習をしなければいけません。当然資金と時間も必要です。
ひとつひとつクリアーにしながら、北の世界を回り、そこで”なにか”をつかめたらと思っています。
”なにか”とはなにか。それがはっきりとは分からないのですが、アラスカの火山のように、大きく揺さぶるなにかが、北の自然にはあるような気がしてなりません。
何年か前、目が1ヶ月ほど見えなくなったことがあります。
いろいろと病院をまわりましたが、原因不明で終わりました。
うっすらと光が見えるだけの状態が1ヶ月ほど続きました。
1ヶ月の間、もう一度目が見えることができたら、何をしようかと考え続けました。
今になってみると、どんな答えがでたのかははっきりと思い出せません。
ただ、一度失った見る力。回復するのであれば、なにか大きなものをとことん見てみたいと思ったのは覚えています。それが、今の答え、地図につながっているのでしょうか。
1ヶ月後、目に光が戻りました。
そして、もうひとつ。まだ30歳の私ですが、友人と親戚を含めた何人かが、若くしてこの世から去っています。
一人の死はさまざまなメッセージを残された人に与えてゆきます。
(暗い話でごめんなさいね。)
見えるうちに、生きてるうちに、好きなことをとことんできれば素晴らしいことですよね。
北の自然と、そして自分自身や人とできるだけ繋がっていければ。
そして今はわからない"なにか”を手に入れたあと、その”なにか”を共有できれば。
そんな夢があります。
恐れや不安もありますが、今の心の地図を大切にしながら、様々な人に助けられながら、一歩一歩進んでいきたいと思います。
旅の終わり
ホワイトホースに帰ってきました。
デンプスターハイウェイを出て、ファロに行き、シープの撮影を予定していました。
肝心のシープは残念ながら見当たりません。
この時期に、夏の餌場から冬の餌場に移動するのですが、まだ時期が少し早かったみたいです。
山の頂上にはもう雪が積もり始めています。
黄色に染まったアスペンの葉も散り始めました。
日に日に、冬が近づいて着ています。
旅の最後の夜は、天気予報に反して晴れていました。
オーロラの出そうな夜です。
仮眠をとって、起きた時には、うっすらとした光が。
オーロラの始まりです。
満月に照らされたアスペンの木々の上を、ゆっくりと動きはじめました。
最後の夜にも出てくれたオーロラ。
いい旅の終わり方です。

"Bright Aspen leaves under Aurora Borealis"<紅葉のアスペンを照らす、満月とオーロラ。冬がだんたんと迫ってくる気配>
デンプスターハイウェイを出て、ファロに行き、シープの撮影を予定していました。
肝心のシープは残念ながら見当たりません。
この時期に、夏の餌場から冬の餌場に移動するのですが、まだ時期が少し早かったみたいです。
山の頂上にはもう雪が積もり始めています。
黄色に染まったアスペンの葉も散り始めました。
日に日に、冬が近づいて着ています。
旅の最後の夜は、天気予報に反して晴れていました。
オーロラの出そうな夜です。
仮眠をとって、起きた時には、うっすらとした光が。
オーロラの始まりです。
満月に照らされたアスペンの木々の上を、ゆっくりと動きはじめました。
最後の夜にも出てくれたオーロラ。
いい旅の終わり方です。

"Bright Aspen leaves under Aurora Borealis"<紅葉のアスペンを照らす、満月とオーロラ。冬がだんたんと迫ってくる気配>
久々のオーロラ
久々にオーロラを見ました。
実は今回の旅で、まだオーロラを見ていませんでした。
何回か出ていたみたいですが、日中に外で動き回っていると、どうしても夜は疲れて寝てしまいます。
とはいっても、旅はもう終盤。
昨日も朝から昼まで雨が降っていました。天気予報も見ても雨マークばかり。
ひょっとして、1ヶ月も極北にいてオーロラを見ずに帰るのかな。
そんなことが頭をよぎりました。
一日だけ行ったデンプスターハイウェイを後にし、南へ走っていたときです。
天気はだんだんと回復し、星が見え出しました。
横をちらりとみると、あの懐かしい光が少しだけ見えました。
あわてて近くの湖まで走り続け、オーロラが激しくなるのをしばらく待ち続けました。
運転席に座って、本を読みはじめたとき。
ふと顔を上げると、オーロラが踊りだしています。
どんどんと激しさを増してゆくオーロラ。
今回は写真を撮りながらも、時折カメラから目を離してオーロラを見上げました。
写真を撮ることももちろん大切でしたが、せっかくの久々のオーロラです。
十分記憶の中に染み込ませて、帰りたかったのかもしれません。
頭上でぐるぐると周ったり、カーテンのようにひらひらしたり。
ここに住んでいた時に見ていたオーロラとは、また違った新鮮な感覚です。
しばらくして、オーロラはだんだんと薄くなり、何事もなかったかのように消えて行きました。
また極北に住むようになるまで、昨日の光が心に残りそうです。

"Aurora Borealis Over the Lake" <久々に見るオーロラ。時折湖面に映ります。>
実は今回の旅で、まだオーロラを見ていませんでした。
何回か出ていたみたいですが、日中に外で動き回っていると、どうしても夜は疲れて寝てしまいます。
とはいっても、旅はもう終盤。
昨日も朝から昼まで雨が降っていました。天気予報も見ても雨マークばかり。
ひょっとして、1ヶ月も極北にいてオーロラを見ずに帰るのかな。
そんなことが頭をよぎりました。
一日だけ行ったデンプスターハイウェイを後にし、南へ走っていたときです。
天気はだんだんと回復し、星が見え出しました。
横をちらりとみると、あの懐かしい光が少しだけ見えました。
あわてて近くの湖まで走り続け、オーロラが激しくなるのをしばらく待ち続けました。
運転席に座って、本を読みはじめたとき。
ふと顔を上げると、オーロラが踊りだしています。
どんどんと激しさを増してゆくオーロラ。
今回は写真を撮りながらも、時折カメラから目を離してオーロラを見上げました。
写真を撮ることももちろん大切でしたが、せっかくの久々のオーロラです。
十分記憶の中に染み込ませて、帰りたかったのかもしれません。
頭上でぐるぐると周ったり、カーテンのようにひらひらしたり。
ここに住んでいた時に見ていたオーロラとは、また違った新鮮な感覚です。
しばらくして、オーロラはだんだんと薄くなり、何事もなかったかのように消えて行きました。
また極北に住むようになるまで、昨日の光が心に残りそうです。

"Aurora Borealis Over the Lake" <久々に見るオーロラ。時折湖面に映ります。>
ユーコンの呪縛
昨日、ユーコンのドーソンに到着しました。
今回はアラスカにいた時間が長かったので、ユーコンが懐かしく思えます。
ドーソンはゴールドラッシュで栄えた街。
倒れかけた飲み屋や協会。舗装もされていないダウンタウン。
今でも、町並みはその当時の面影を残しています。
街中を歩いていると、壁に書かれた詩が目に入ってきました。

The Spell of the Yukon
I wanted the gold, and I sought it;
I scrabbled and mucked like a slave.
Was it famine or scurvy, I fought it;
I hurled my youth into a grave.
I wanted the gold, and I got it --
Came out with a fortune last fall, --
Yet somehow life's not what I thought it,
And somehow the gold isn't all.
ユーコンの呪縛
金を求めて、探し回った。
奴隷のようにほじくりかえした。
飢餓や壊血病なんかと闘いながら、
青春を墓に投げた。
金が求めて、そして手に入れた。
昨年の秋、大当たりをしたのだ。
でも、自分が描いていた人生とは何かが違う。
どういうものか、金が全てではないのだ。
ゴールドラッシュ時代に、ドーソンにしばらく滞在した詩人、ロバートサービスの詩です。
世界中から金を求めて、多くの人がドーソンに集まってきました。
たいていの人は、資金をなくして帰るか、途中で命を落としていったようです。
お金がないと生きていけないけれど、マスターカードが言うように、
お金で買えないものもあります。
お金とのバランス。難しいですね。
この詩に少し勇気づけられながらも、以上に高いガソリンに頭を抱えているところです。
昔の金鉱夫のようにすっからかんになる前に、ドーソンを出ようと思います。

"Mordern Gold Rush in Dawson"<ドーソンのカジノ。カンカンダンサーを見ながら、現代の金鉱夫がギャンブルにいそしんでいます。>
今回はアラスカにいた時間が長かったので、ユーコンが懐かしく思えます。
ドーソンはゴールドラッシュで栄えた街。
倒れかけた飲み屋や協会。舗装もされていないダウンタウン。
今でも、町並みはその当時の面影を残しています。
街中を歩いていると、壁に書かれた詩が目に入ってきました。

The Spell of the Yukon
I wanted the gold, and I sought it;
I scrabbled and mucked like a slave.
Was it famine or scurvy, I fought it;
I hurled my youth into a grave.
I wanted the gold, and I got it --
Came out with a fortune last fall, --
Yet somehow life's not what I thought it,
And somehow the gold isn't all.
ユーコンの呪縛
金を求めて、探し回った。
奴隷のようにほじくりかえした。
飢餓や壊血病なんかと闘いながら、
青春を墓に投げた。
金が求めて、そして手に入れた。
昨年の秋、大当たりをしたのだ。
でも、自分が描いていた人生とは何かが違う。
どういうものか、金が全てではないのだ。
ゴールドラッシュ時代に、ドーソンにしばらく滞在した詩人、ロバートサービスの詩です。
世界中から金を求めて、多くの人がドーソンに集まってきました。
たいていの人は、資金をなくして帰るか、途中で命を落としていったようです。
お金がないと生きていけないけれど、マスターカードが言うように、
お金で買えないものもあります。
お金とのバランス。難しいですね。
この詩に少し勇気づけられながらも、以上に高いガソリンに頭を抱えているところです。
昔の金鉱夫のようにすっからかんになる前に、ドーソンを出ようと思います。

"Mordern Gold Rush in Dawson"<ドーソンのカジノ。カンカンダンサーを見ながら、現代の金鉱夫がギャンブルにいそしんでいます。>
アラスカの原野で
しばらくぶりの更新です。
昨日、原野から出てきました。
時間の都合で仲間よりも、ハンティングを一足先に去ることになりました。
背中にムースの角もどきを背負って歩きましたが、結果はゼロ。

"Man-made moose antler"<ムース角もどきを背負う。天使にも見えるといわれましたが!?>
ムースのムも現れませんでした。
毎年毎年、そううまくはいきませんよね。
でも、友人たちとの原野での時間は楽しかったです。

"Fire in Alaskan Wilderness"<原野のキャンプファイヤー。火はやっぱりいいですね。>
また来年も帰ってこいと言ってくれました。
旅先に、戻れる場所があるというのは心強いことです。
また来年です。

"Alaskan Moose Hunter"<ハンターの友人と、山を歩く。ムースを探している間に、日が暮れてゆく。>
昨日、原野から出てきました。
時間の都合で仲間よりも、ハンティングを一足先に去ることになりました。
背中にムースの角もどきを背負って歩きましたが、結果はゼロ。

"Man-made moose antler"<ムース角もどきを背負う。天使にも見えるといわれましたが!?>
ムースのムも現れませんでした。
毎年毎年、そううまくはいきませんよね。
でも、友人たちとの原野での時間は楽しかったです。

"Fire in Alaskan Wilderness"<原野のキャンプファイヤー。火はやっぱりいいですね。>
また来年も帰ってこいと言ってくれました。
旅先に、戻れる場所があるというのは心強いことです。
また来年です。

"Alaskan Moose Hunter"<ハンターの友人と、山を歩く。ムースを探している間に、日が暮れてゆく。>
ムースハンティング
アスペンの葉が黄色に染まるこの季節。
極北に住む人にとって、この時期はハンティングの時期です。
車にカリブーを積んだトラックが、たまに通り過ぎていきます。
昨日、フェアバンクスの友人に電話をしました。
ここにいることを知らせないで、電話をしたのでむこうもびっくり。
積もる話をよそにして、ムースを獲りにいくからこないかと誘われました。
去年も彼と、彼の友人とハンティングにゆき、そして何日か原野を駆け回った後、ようやくムースを一頭獲る事ができました。
明日から4日から5日ほど、原野に入り、ハンティングに同行してきます。
自分自身の役目は、ムースの角の形をしたものを背中にしょって、角をこすりあわす音を立てることです。
繁殖期にいきりたっているムースのオスのまねをして、体重が500キロから700キロほどある他のオスムースをおびきだします。
自分のテリトリー内に侵入してきたオスを追い出すために、その場にムースがいれば見事に姿を現します。
去年の秋も同じ方法で、ムースを獲りました。
角を背負い、角と角をこすり合わせたり、角を木にこすったりすること3時間ほど。
それまで全く気配がなかったのですが、日が暮れ始めた頃、ムースが遠くに現れました。
こちらの様子を伺いながら、でもどこか警戒しながらどんどん近づいてきます。
十分近づいてきた後、安全のために、背中から角を下ろしました。
そして隣にいたアラスカの友人が、引き金に手を当てます。
鼓膜がずきんとする音と共に、大きな巨体は倒れました。
地平線に消えてゆく太陽と競争しながら、解体を始めました。
空が紫、そして赤く染まってゆく中、湯気を上げて横たわっているムース。
さきほどまで、目の前に立っていました。
悲しいでもなく、かわいそうでもない、どこか不思議な気分。
小さく切り離しても、巨大で重いムースの体。
手が赤く染まります。
簡単な解体が終わった頃には、外は真っ暗になっていました。
山からキャビンに帰る途中、オーロラが舞い始めました。
極北では、厳しい気象条件のため、野菜栽培や動物の放牧が簡単には行えません。
先住民や白人は、今でも野生動物やサーモンに頼って生きています。
今でこそ、この極北でもスーパーに行けば、南から送られてきた大量の肉を買うことができます。
でも、安全性が分からない肉を食べるよりは、その土地で獲れた肉を好む人が多いのも事実です。
食べるために、自ら頭と体を使って動物を獲ること。
簡単ではありませんし、当然危険も伴います。
だからこそ、獲れたときにはうれしく、感謝の念が混じった不思議な気分になるのだと思います。
1年分の肉を提供してくれる自然の恵み。
いくら文明が発達しても、人は自然から動物、魚、山菜といった恵みを獲り続けるはずです。
他の生命を獲り、頂くこと。
そうすることによって、ただ食べるだけではなく、自分の存在を確かめているのかもしれません。

"Moose in Autumn" <秋のムース>
極北に住む人にとって、この時期はハンティングの時期です。
車にカリブーを積んだトラックが、たまに通り過ぎていきます。
昨日、フェアバンクスの友人に電話をしました。
ここにいることを知らせないで、電話をしたのでむこうもびっくり。
積もる話をよそにして、ムースを獲りにいくからこないかと誘われました。
去年も彼と、彼の友人とハンティングにゆき、そして何日か原野を駆け回った後、ようやくムースを一頭獲る事ができました。
明日から4日から5日ほど、原野に入り、ハンティングに同行してきます。
自分自身の役目は、ムースの角の形をしたものを背中にしょって、角をこすりあわす音を立てることです。
繁殖期にいきりたっているムースのオスのまねをして、体重が500キロから700キロほどある他のオスムースをおびきだします。
自分のテリトリー内に侵入してきたオスを追い出すために、その場にムースがいれば見事に姿を現します。
去年の秋も同じ方法で、ムースを獲りました。
角を背負い、角と角をこすり合わせたり、角を木にこすったりすること3時間ほど。
それまで全く気配がなかったのですが、日が暮れ始めた頃、ムースが遠くに現れました。
こちらの様子を伺いながら、でもどこか警戒しながらどんどん近づいてきます。
十分近づいてきた後、安全のために、背中から角を下ろしました。
そして隣にいたアラスカの友人が、引き金に手を当てます。
鼓膜がずきんとする音と共に、大きな巨体は倒れました。
地平線に消えてゆく太陽と競争しながら、解体を始めました。
空が紫、そして赤く染まってゆく中、湯気を上げて横たわっているムース。
さきほどまで、目の前に立っていました。
悲しいでもなく、かわいそうでもない、どこか不思議な気分。
小さく切り離しても、巨大で重いムースの体。
手が赤く染まります。
簡単な解体が終わった頃には、外は真っ暗になっていました。
山からキャビンに帰る途中、オーロラが舞い始めました。
極北では、厳しい気象条件のため、野菜栽培や動物の放牧が簡単には行えません。
先住民や白人は、今でも野生動物やサーモンに頼って生きています。
今でこそ、この極北でもスーパーに行けば、南から送られてきた大量の肉を買うことができます。
でも、安全性が分からない肉を食べるよりは、その土地で獲れた肉を好む人が多いのも事実です。
食べるために、自ら頭と体を使って動物を獲ること。
簡単ではありませんし、当然危険も伴います。
だからこそ、獲れたときにはうれしく、感謝の念が混じった不思議な気分になるのだと思います。
1年分の肉を提供してくれる自然の恵み。
いくら文明が発達しても、人は自然から動物、魚、山菜といった恵みを獲り続けるはずです。
他の生命を獲り、頂くこと。
そうすることによって、ただ食べるだけではなく、自分の存在を確かめているのかもしれません。

"Moose in Autumn" <秋のムース>
小さな生き物
デナリを出発して、フェアバンクスに着きました。
さて、今回のデナリですが、今まで見たことがなかったナキウサギに出会いました。
北海道にも同じような亜種(エゾナキウサギ)がいますが、英語でPIKAといい、パイカと発音しています。
崖に住んでいて、大きな石の下を住処や隠れ家にしている小さな動物です。
ドールシープの撮影で休憩をしているとき、目の前をちょろちょろ走っていきました。
普段はついつい大きな生き物ばかりに、注意が行きがちです。
でも、よく目を凝らすと小さな動物や生き物がたくさんいることがわかります。
見過ごしてしまうような小さな動物や生き物を発見した時も、また違った感動があります。
その名のとおり、頭を上げて鳴くナキウサギ。
高い声で一生懸命鳴いていました。

"Pika on the Rock"<岩の上に現れたナキウサギ。甲高い声を出して鳴いていました。>
さて、今回のデナリですが、今まで見たことがなかったナキウサギに出会いました。
北海道にも同じような亜種(エゾナキウサギ)がいますが、英語でPIKAといい、パイカと発音しています。
崖に住んでいて、大きな石の下を住処や隠れ家にしている小さな動物です。
ドールシープの撮影で休憩をしているとき、目の前をちょろちょろ走っていきました。
普段はついつい大きな生き物ばかりに、注意が行きがちです。
でも、よく目を凝らすと小さな動物や生き物がたくさんいることがわかります。
見過ごしてしまうような小さな動物や生き物を発見した時も、また違った感動があります。
その名のとおり、頭を上げて鳴くナキウサギ。
高い声で一生懸命鳴いていました。

"Pika on the Rock"<岩の上に現れたナキウサギ。甲高い声を出して鳴いていました。>
デナリ最後の夜
静まりかえったデナリ国立公園。
あと30分で日付が変わるところです。
しばらくここで写真を撮っていましたが、明日からまた移動です。
目当てであったドールシープも、撮る事ができました。
フィルムでもパノラマ動物写真も含めて撮影した分があるので、帰国前に現像していこうと思います。
明日からは、フェアバンクスからユーコンのドーソンに行きます。
野生が色濃いデンプスターハイウェイに寄って、時間があればファロに立ち寄ってシープの撮影をする予定です。そしてすべてを終わったあとに、ホワイトホースまで帰ります。
これからはどんどん日照時間が短くなってくるので、オーロラも少しは撮る予定です(撮影で疲れたときは、ビールを飲みたくなるのですが、オーロラの前は悲しいですけど控えます。。。)
日に日に寒くなってきている極北。
あと2週間ほど、旅は続きます。
またできればフェアバンクスから更新しますね。

"Majestic Dall Sheep Ram"<立派な角のはえた、ドールシープのオス。近くで見ると、貫禄があります。>
あと30分で日付が変わるところです。
しばらくここで写真を撮っていましたが、明日からまた移動です。
目当てであったドールシープも、撮る事ができました。
フィルムでもパノラマ動物写真も含めて撮影した分があるので、帰国前に現像していこうと思います。
明日からは、フェアバンクスからユーコンのドーソンに行きます。
野生が色濃いデンプスターハイウェイに寄って、時間があればファロに立ち寄ってシープの撮影をする予定です。そしてすべてを終わったあとに、ホワイトホースまで帰ります。
これからはどんどん日照時間が短くなってくるので、オーロラも少しは撮る予定です(撮影で疲れたときは、ビールを飲みたくなるのですが、オーロラの前は悲しいですけど控えます。。。)
日に日に寒くなってきている極北。
あと2週間ほど、旅は続きます。
またできればフェアバンクスから更新しますね。

"Majestic Dall Sheep Ram"<立派な角のはえた、ドールシープのオス。近くで見ると、貫禄があります。>
野生の真髄 −オオカミ−
デナリに撮影に出ていました。
毎日不思議なほど、自然のドラマが目の前に現れます。
今日のドラマは野生の象徴、オオカミでした。
なかなか簡単には見ることができない動物だからでしょうか。
オオカミを見つけると、野生の真髄を見たような気になります。

"A Wolf on Fall Carpet" <野生の象徴、オオカミ>
今までユーコンとアラスカで何回かオオカミは見ていました。
その中でも一番思い出に残っている出来事。
それはオオカミの遠吠えです。
去年の夏にカヤックで旅をした、グレーシャーベイでの出来事です。
崖が真横に切り立った、原野の海岸に立っていたときでした。
向こうのほうから、小さな黒い点が近づいてきました。
一瞬犬かと思ったのですが、人里離れた原野の奥地。犬がいるわけがありません。
どんどん近づいてくるその姿をよくみると、美しい真っ黒の毛皮をまとったオオカミでした。
こちらをちらっと見ながら、何事もなかったかのように通り過ぎていったオオカミ。
興奮に包まれたまま、テントを立て、中に入ったとたんです。
崖の反対側からオオカミが鳴き始めました。
1頭があの独特の長い鳴き声を出したかと思うと、次々に他のオオカミたちが合唱に加わりました。
南東アラスカの独特の霧に包まれた森と海。
オオカミの遠吠えは谷を越えて、原野を包み込んでいました。
舞台がよかったのか、今まで生きてきた中であれほど美しい音は聞いたことがありませんでした。
そして今日、目の前に現れた一匹のオオカミ。
その後ろにはあの威厳のある北米一高い山、マッキンリー山がそびえていました。
自然が用意してくれた、憎らしいほどすばらしい舞台です。

"A Lone Wolf in front of Mt.McKinley"<マッキンリー山の前に姿を現したオオカミ>
毎日不思議なほど、自然のドラマが目の前に現れます。
今日のドラマは野生の象徴、オオカミでした。
なかなか簡単には見ることができない動物だからでしょうか。
オオカミを見つけると、野生の真髄を見たような気になります。

"A Wolf on Fall Carpet" <野生の象徴、オオカミ>
今までユーコンとアラスカで何回かオオカミは見ていました。
その中でも一番思い出に残っている出来事。
それはオオカミの遠吠えです。
去年の夏にカヤックで旅をした、グレーシャーベイでの出来事です。
崖が真横に切り立った、原野の海岸に立っていたときでした。
向こうのほうから、小さな黒い点が近づいてきました。
一瞬犬かと思ったのですが、人里離れた原野の奥地。犬がいるわけがありません。
どんどん近づいてくるその姿をよくみると、美しい真っ黒の毛皮をまとったオオカミでした。
こちらをちらっと見ながら、何事もなかったかのように通り過ぎていったオオカミ。
興奮に包まれたまま、テントを立て、中に入ったとたんです。
崖の反対側からオオカミが鳴き始めました。
1頭があの独特の長い鳴き声を出したかと思うと、次々に他のオオカミたちが合唱に加わりました。
南東アラスカの独特の霧に包まれた森と海。
オオカミの遠吠えは谷を越えて、原野を包み込んでいました。
舞台がよかったのか、今まで生きてきた中であれほど美しい音は聞いたことがありませんでした。
そして今日、目の前に現れた一匹のオオカミ。
その後ろにはあの威厳のある北米一高い山、マッキンリー山がそびえていました。
自然が用意してくれた、憎らしいほどすばらしい舞台です。

"A Lone Wolf in front of Mt.McKinley"<マッキンリー山の前に姿を現したオオカミ>
秋真っ盛り
シープとお昼寝
昨日もまたドールシープの撮影に行ってきました。
今回の群れは、またメスと子供が10頭ほどの小さな群れです。
山を登り、時間をかけて接近していきます。
こちらの姿を見せて、約30分。
落ち着いて、彼らが一箇所に座り始めました。
ここから少しずつ、近づいていきます。
背中を地面に付けた状態で、仰向けになり、一歩、二歩、三歩いって、とまります。
2,3分ほどして、またシープがきにしなくなったところ一歩、二歩、三歩。
進んでいないときは、空を見ながらぼけっとしています。
太陽が気持ちいい、秋晴れの空。シープもうとうととし始めました。
こちらも、おもわず目を閉じて、軽いうたたね状態になってしまいました。
シープとのお昼寝、至福の時間です。

"Nap Time" <お昼寝時間>
今回の群れは、またメスと子供が10頭ほどの小さな群れです。
山を登り、時間をかけて接近していきます。
こちらの姿を見せて、約30分。
落ち着いて、彼らが一箇所に座り始めました。
ここから少しずつ、近づいていきます。
背中を地面に付けた状態で、仰向けになり、一歩、二歩、三歩いって、とまります。
2,3分ほどして、またシープがきにしなくなったところ一歩、二歩、三歩。
進んでいないときは、空を見ながらぼけっとしています。
太陽が気持ちいい、秋晴れの空。シープもうとうととし始めました。
こちらも、おもわず目を閉じて、軽いうたたね状態になってしまいました。
シープとのお昼寝、至福の時間です。

"Nap Time" <お昼寝時間>
