日本人サワドー 和田重次郎
この極北の大地で、100年も前に活躍していたそうです日本人サワドー(極北の冬を越えた者)がいたそうです。。
彼の名前は和田重次郎。JUJIRO WADAとして、こちらでも知る人は知っているそうです。
19世紀の終わりに、極北で金が発見されました。世界中から多くの人が金を求めてやってきた、ゴールドラッシュ。
日本人がいたとは聞いていたのですが、和田重次郎は金鉱掘りとして極北を駆け巡り、その過程でユーコン、アラスカを、44.000Kmも犬ぞりで旅をしたそうです。
今晩ホワイトホースでユーコンクエストのイベントがあります。
今大会に参加するマッシャーに会うことが出来るのですが、そこで和田重次郎の生涯も紹介されるようです。
100年前に活躍した和田重次郎。そして、今年ユーコンクエストを走る本多有香さん。
時を越えて活躍する二人の日本人マッシャー。
本田さんの目には、和田重次郎がどう映るのでしょう。
![dawson_dogs[1].jpg](http://blog-imgs-18.fc2.com/n/a/t/naturayukon/dawson_dogs[1].jpg)
YA, Charles Tennant fonds, 95/33 #7 PHO 448
<ドーソンに戻った和田と犬ぞりチーム>
ユーコンクエスト −日本人女性マッシャー−
世界でも最も過酷な犬ぞりレースの一つ。
そう人々に呼ばれているユーコンクエスト。
今年はここユーコン準州のホワイトホースから出発して、アラスカのフェアバンクスまで犬ぞりチームが駆け抜けていきます。
参加するだけでも大変なこのレース。完走するのはもっと大変なユーコンクエスト。ましてや優勝なんて鍛え抜かれた犬達とマッシャー達だけが手にすることのできる栄冠です。
コース全長が東京ー沖縄間にもなる1600km。マイナス30度の中を犬とマッシャーが共に協力しながらひたすら進んで行きます。
選び抜かれたマッシャー達が参加する中、去年一人の日本人女性が参加していました。彼女の名前はYuka Honda。本多有香さんです。
http://www.dogcrazyuka.com/indexJPN.html
残念ながら面識はありませんが、この過酷なレースに参加していると聞いてびっくりしました。
去年は不運にも途中で歴史的なブリザードに巻き込まれ、強制リタイア。
それでもくじけず今年もでるそうです。
レースに出るのも凄いですが、面白いのは彼女の経歴。ホームページの経歴を読むと、犬ぞりがしたくてしたくてたまらず、がむしゃらにこの世界に入っていったのがよくわかります。
文字にしただけでも興味をそそられる彼女の足跡。言葉になっていない裏で様々な葛藤、苦労があったと思います。それでも燃えるような願望があったのでしょう。
http://www.dogcrazyuka.com/BiographyJPN.htm
日本人女性初のアイディタロッド(ユーコンクエストと並んで世界で最も過酷なアラスカの犬ぞりレースと呼ばれています)出場を目標に掲げています。
出発は2月10日。ここホワイトホースのダウンタウンから出発です。熱気と興奮で鳥肌が立つクエストのスタート観戦。
彼女が勢いよく出て行く姿、この目に焼き付けたいと思います。

"Yukon Quest,Almost there" <近づくレース。。。>
犬ぞり マッシャー
今日もまた降り続いています。
この1週間ほど、まるっきり太陽を見ていませんが、
雪が降ることで喜ぶのは犬ぞりをする人達。
犬ぞりを操縦する人のことを、こちらではマッシャーと言います。
昨日、街でばったりと、犬ぞりマッシャーのブライアンに会いました。
去年の冬、彼の敷地にある丸太小屋に住みながら、犬ぞりを学ばせてもらいました。しばらくぶりの再会です。
ユーコンクエスト(アラスカ、フェアバンクスとユーコンのホワイトホース、約1600Km)という、世界で最も過酷なレースといわれている大会があるのですが、ブライアンは過去2度出場しました。出場するだけでも大変で、さらに完走のももっと大変なのですが、彼は2度とも9位で終わったそうです。
20年間、犬ぞりをやってきたブライアンですが、彼は他のマッシャーが持っていないような犬達でレースに参加しています。普通、大きな大会に出る犬ぞり犬は、たいそうな血統で、スポンサーまでついてもらっているマッシャーがいます。
でも、彼の犬たちは、一応ハスキーが混ざっていますが、その辺の雑種を集めてきたような犬達。犬は決して優秀ではないのですが、それを、彼の技術と経験で補います。共通の友人曰く、ブライアン自身のシャイな性格からは想像できないような、アグレッシブなレースを展開するそうです。
“今年はもう走り出した?”と聞くと、“雪がいい状態になるのを待っている”言っていました。
去年、井戸を掘るビジネスをはじめた彼。犬ぞりは真剣なスポーツですが、お金はまったく儲かりません。ついこないだまでは、毎年レースに向けて、かなり走っていたようですが、ここ1,2年は少し落ち着いたみたいです。子供も大きくなりつつある今、家族との時間を過ごしたいのでしょう。
来年の2月、2週間、彼はフロリダへ家族旅行をするそうです。ここ20年間で初めてではないでしょうか。犬ぞりをやっている彼も真剣でかっこいいですが、家族と楽しい時間を過ごしている彼もなんだか悪くありません。その間、犬の面倒を見るように頼まれています。エサやりに、掃除、そして少しは犬ゾリをすることになると思います。
去年走った犬ともう一度走れる。
そう考えただけで、寒さが飛んでしまいます。

"Goldie" <一番なつっこいゴールディー。先頭をゆく、リーダー犬>
ユーコンの写真家
そのコーナーには、個人が、自分で物を売買する目的で広告が出されていて、その中に格安のカメラのスライドフィルムが売り出されていた。
地元のカメラ屋さんで買うと2倍もするようなフィルムが、半額ほどの値段で売り出されていた。名前が無いので、電話番号から名前を調べて見ると、売り出し人はあのFritz Muller.
Fritz Mullerって言われても、日本ではまず聞いた事がないとおもうけれど、このユーコンで写真関係に携わっている人で知らない人はいないと思う。
なんでもそうだと思うけれども、自分が目指しているものがあって、それを実現している人にあこがれるということがよくあると思う。
自分にとって、同じ写真でないにしろ、こんな写真、雰囲気を出せたらと思う写真を撮る人の一人がFriz Muller。
動物に対する優しく、近い視線。大きな自然の素晴らしい一瞬を広角で捕らえた風景なんかがとても印象的な写真家。
いつかは会いたいと思っていたけど、意外な形で会える事になった。
早速電話をして、フィルムを取りに行く。玄関から赤ん坊を抱いて出てきたのは、少し想像より大きめのFritz。写真家というよりも、いいお父さんに見えた。デジタルに移行したのでもうフィルムはいらないという。
忙しそうだったので、”あなたの写真はすばらしいですね。”というありきたりの文句と、”去年の冬に住んでいた丸太小屋にあった唯一のアートが、あなたのポスターでした。”というと”Thanks”と言って笑ってくれた。
お金を払って、少しの世間話、写真の話をして帰ってきた。
時間にすれば、約10分程度だったが、なんだかこれで終わりの関係とは思えない。これから、どんな形であれ、一緒に仕事ができるようなレベルに自分がいければ。そう思いながら家まで帰ってきた。
ユーコンのいい写真家に出会えた事。そして、”なんでも、心に願っているものがあれば、不思議とどこからか機会が現れてくる。”そんなことをだれかが言ってたけど、それが確認できた事。
なんだか今日はいい一日だった。
(FritzのWEBはこちら)
http://www.fritzmueller.com

"Walking Porcupine" <もちろん、Fritzとは関係ありませんが、載せてみました、ポーキュパイン。緊張して針を尖らせています。>
極北の狩人
スティーブ、フロスト 76歳。
彼のことをどのように書いたらいいただろうか。
スティーブと初めて会ったのは2004年9月。
ユーコン準州にあるオールドクローという先住民(インディアン)の村がある。人口は360人程度で、住人の大半がインディアン。彼らはベーリング海が陸地でつながっていた時代に、アジアから北米に入ってきたといわれている。
オールドクローは今でも道路が通っていないユーコンでも珍しい集落で、人々は飛行機を使って行き来しなければいけない。
オールドクロウにカリブー(北極トナカイ)の季節移動を見に行こうと思って、州都ホワイトホースから飛行機に乗ったのは良く覚えている。
住む場所もよくわからないまま小さな飛行機を何回か乗り換えてついたのが小さな村。ついたのはいいがどうしたらよいのか。
まわりの人ととりあえず話し、一人の人を紹介される。彼が家を後の5週間にわたって貸してくれチャーリー。そして家探しをしているときに話した一人がスティーブだった。
長身で、少しやせこけた彼に、最初はたいした印象はなかった。彼はハンティングの小旅行から、帰ってきたばかりで、村の外れに自分の小屋があるという。そこに今度行くときに、泊めてやってもいいといっていた。
結局彼と何のコンタクトがないまま最初の2週間が過ぎた。
カリブーはツンドラの向こうから、ある日突然何の前触れもなくやってきた。一緒に狩りに連れて行ってくれた一人の村人と、最初の2週間は原野を共にした。初めて見るカリブーの群れ。最初は5匹ほどの群れを何回か見たはずが、日が経つにつれ数が増えてきた。
霧の中を駆け抜けてゆく何頭ものカリブーは神秘的かつ壮大だった。2,3千頭ははいたと思う。群れを追って、進み、そしてライフルで射る。内臓をとりだし、肉を村に持ち帰る。待ち遠しくまっている、古老に肉をあげる時の喜び。自分が獲ったのだという誇り。はたから見ていて少しうらやましかった。
2週間が経ち、少し変化を欲しがっていた頃にスティーブが現れた。カリブーハンティングにいくが一緒に来たいか。二つ返事でいく。
彼のハンティング、そして解体は今までみた人とは違った。狙いを定め、オスだけをきれいに射抜く。そして解体の美しさ。一つ一つの動きに無駄がなく、食べることのできる内臓も、きれいに胃袋の中にまとめ、持ち帰る。
何もなかった時代の記憶。人々がまだ飢え死にしていた、たった50,60年前の記憶。カリブーがこない年=食べ物がない=飢え死に。当たり前のことだが、今の生活からは想像できない現実を生きていた彼の若き頃。話す言葉一つ一つに歴史、体験、そして感情がこもっていた。
村から50km程外れたところに彼のキャビンがある。氷始めた川の上を、雪、氷の張りを見ながらスノーモービルで進んでゆく。外はもう、10月なのにー25度だった。
当時74歳の彼が、自分の前に立ち、氷を張りを読んで進んでゆく。当然、読みを誤れば二人とも川の底に。おそらく、2,3分も持たないだろう。原野から学んだすべての知識を使って、凍える氷の上を進んで行く彼の姿は、今までみたどの74歳の人よりも頼もしかった。
周りにないもない原野にぽつんとたたずんでいるスティーブのキャビン。ここにはあの星野道夫さんも泊まっていったといっていた。不思議な気分だったが、星野さんの丸字でかかれたサイン付の写真集をみせてくれては、なつかしそうに彼のことを話していた。いかにいい人で、熊に殺されたことがいかに悔しかったか。事故の新聞の記事までも後日みせてくれた。
キャビンを基地にして、彼はどこからきたかもわからない自分に、彼の知識、体験を分かち合ってくれた。このあたりで狼を獲ったこと。夏はここに来てカヌーをこぎながら生活をすること。変わり行くインディアンの暮らしの中で、昔ながらの生活、いいかえれば、原野にいないと落ち着かない、原野では血が騒ぐ気質を持ったのがスティーブだった。
カリブーを獲り、動物をワナで捕まえる。そしていかに解体し、料理するか。ひとつひとつが強烈で、新鮮な体験だった。初めて自分の手で、動物を殺したのもこのときが初めてだった。
結局彼のキャビンには2回行った。その度に、昼はワナを仕掛け、夜は薪が燃える音と共に、ろうそくの光で、トランプをし、そして寝る。朝になるとワナをチェックしにゆく。シンプルな暮らし。
当然水も、凍った川の氷をわって、毎朝汲みに行かなければならない。夜は用を足しに、凍りつく外の世界へでてゆく。オーロラが出ていた夜はよく覚えている。
音がない世界とはあのことをいうのだろう。時折聞こえるふくろうの鳴き声。そして、どこからとも聞こえてくる音。この音はなんだろうとおもって耳をすますと、うそみたいな話だが、自分の鼓動だった。
あれから2年。後に電話で何回か話し、自分の住む町、州都ホワイトホースで何回か時間を共にした。バーで一緒に飲んでいても、やっぱりあの無限の広がりのある原野での、スティーブが一番彼に似合っている。
2週間前、オールドクロー出身の若者から、知らせがあった。ずっと一緒に付き添った、スティーブの奥さんがなくなったらしい。癌とは知っていたが、ついに時が来た。
彼は、葬式で、泣き崩れていたらしい。電話をしたい。でもどんな言葉をかけれるのか。なんといったらよいのか。
いまだに電話ができない。
もうすぐカリブーの季節がくる。今年もまた毎年のように村をとおり過ぎてゆく。
今年スティーブは狩りにでるのだろうか。

"Migrating Caribou" <霧の中を移動するカリブー。あの頃の思い出>
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