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教え子の訪問

「先生のもとへ遊びにいきます。」

先日北海道時代の「教え子」がユーコンに遊びにきてくれました。

yukon and alaska

北海道の鶴居村住んでいた際に、学校で英語を1年間だけ教えたことがあります。

教え子といってもたった1年ですが、正式な学校で授業をするのは始めての経験でした。

その当時19歳であったK君ですが、今は社会人4年生。

卒業後建設会社にいって現場監督となり、結婚もして立派な大人となっています。

当時はクラスの中でも目立っていたやんちゃなK君。

最初の授業で睨まれた為か、月日が経つにつれ薄れる記憶の中、彼のことはずっと覚えていました。


釣りが好きな彼を連れて、早速朝からユーコン川へ。

カヌーを出して、パイクを3匹釣りました。

student fishing

お昼からは湖へ場所を移動し、レイクトラウトとカワヒメマスを釣り上げます。

そして夜は火をおこしてキャンプウァイヤー。

4、5年前の記憶をたどりながら、彼の北海道での生い立ち、学生時代、社会人になってからの体験を聞きました。

student campfire

次の日やゲルの横に設置した新しい小屋の床作り。

建築の知識を生かして、廃材も利用して一日でフロアを作り上げました。

汗をかきながら二人で作り上げた床ですが、こうして共同作業をするとまたお互いの距離が近くなります。

student floor

この床と小屋が、ガイド業で増えつつあるギアの整理に役立ってくれるでしょう。

そして最終日は日帰りでアラスカのスカッグウェイへ。

student chilkoot

山岳鉄道に乗ってもらい、その後ゴールドラッシュ時代に湧いたチルクート・トレイルの森を少し歩きました。

帰り際には野生のクマやマウンテンゴート、ドールシープにも出会い、極北の自然も満喫できました。

bear on the truck

帰国後お礼のメールに「今回の旅は人生の中で一番印象に残り楽しかったです。」と書いてくれました。

お世辞が入っているかもしれませんが、高校生だった彼が立派な大人になり、こうして訪ねてきてくれたことが本当に嬉しかったです。

また遊びにきてくるといってくれた彼。

今度はどんな旅になり、そして彼はどのような人になっていくのでしょうか。

こうして過去を思い出しながら一度立ち止まり、未来へ向けて想像する旅もよいものです。。。
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川の流れ

今日は朝からユーコン川へと行ってきました。

ただ川へ行った理由が今までになかったことで、故人の灰を大河ユーコン川に散蒔きたいというもの。

現在お手伝いしているガイド会社のお客さんの依頼で、こちらに住んでいる人に立ち会ってほしいとの事でした。

アメリカから来たという6人家族を乗せて、ユーコン川のほとりへ到着。

すぐ後ろをついてきた方が故人の女性だということがわかりました。

ユーコン川上に架かる橋の上に立つと、60歳代ほどの女性が呟きます。

「なんてきれいな場所なの。夫も橋が好きだったの。。。」

yukon river blog
<橋からの眺め>

亡くなったら自然の中に遺灰を撒いてほしい。

何度かそういうことを聞いたことがありますが、こうして目の前で立ち会うのは初めてです。

10日前に亡くなったという旦那さんは、アラスカ、ユーコンを以前訪れたことがあり、釣りや自然を楽しんだようです。

ホワイトホースから流れ、アラスカを経てベーリング海に注ぐ大河ユーコン川。

遺灰の入った箱を逆さにすると、風に乗って川へと落ちていきました。

ユーコン最後の狩人のお葬式

ユーコンの「最後の狩人」ことアレックス・ヴァンビヴァーが亡くなりました。

先日お葬式に行ってきましたが、一つの時代が終わったという感じです。

alex funeral
<アレックスの棺が運ばれてゆく。。。>

98歳で亡くなったアレックスですが、最初にその姿をみたのが10年前。

ユーコンに来て間もない頃、罠猟のコースをとった際に教えてくれた先生が彼でした。

その時点でもう80歳代後半でしたが、まだまだ元気いっぱいだったあの頃。

今年の夏に久々にオールドクロウで再会しましたが、杖はついていたもののまだしっかりしていました。

alex brouche

1916年に生まれ、幼いころから狩猟と罠猟で育ってきたアレックス。

先住民と白人の血を引きながら、目まぐるしく変化する時代を生き抜いてきた人生でした。

正式な教育は2、3年しか受けていないようですが、原野で生きるサバイバル術はだれにも負けないものを持っていました。

13歳で兄弟たちを連れて300キロ離れたドーソンまで筏で移動したり、道路や車が全くない時代もカンジキで長距離を移動して、村まで毛皮を売りにいったりしていたそうです。

その後はハンティング・ガイドを70歳代まで現役で行っていた彼ですが(若者が彼に原野で歩いてついてこれなかったり、ガイド登録を高齢過ぎて拒否されたりと逸話がたくさんあります。)、彼のガイドのしての名声が広がるにつれて、アメリカの政治家のロバート・ケネディやエベレスト初登頂をしたエドモンド・ヒラリーまでガイドするようになったようです。

そして映画にもいくつか出るようになるのですが、代表作のひとつが Last Trapper という映画。

日本でも「狩人と犬」として上映されていました。

そんな有名なアレックスでしたが、本当の魅力は名声ではなく、彼の豪快でいて打ち解けやすい性格。

会う人ほとんどに強烈で温かい印象を残していったようです。

また先住民の地位の向上や罠猟の倫理的な習慣の定着化、若手指導者の育成と、最後の最後まで忙しく飛びまわっていたアレックス。

80歳代でも一人で原野の吹雪の中でやり過ごしたり、去年97歳でもまだスノーモービルを乗って罠猟場を回っていたそうです。

罠猟のコースの際には、いろんなストーリーを話してくれましたが、アラスカハイウェイができた当時のことを話してくれたのを覚えています。

孫、ひ孫、ひい孫もいれて150人ぐらいも大きな家族がいたアレックス。

皆に愛されて98歳の長く濃い人生を終えました。

カナダの首相からの弔いのメッセージの後、親族の若いシンガーが捧げた歌が印象的でした。

「おじいちゃん、古き良き時代について教えてちょうだい。

あまりにも目まぐるしく変わってゆく世の中。

時折自分を見失ってしまいそう。

人は進歩と呼ぶけれど、私にはわからない。

ねえおじいちゃん、古き良き時代のことを教えてちょうだい。。。」

犬ぞりから始まり、最後はスノーモービルで罠猟を続けたアレックス。

多くの変化を受け入れながら、最後まで自然と社会との深い関わりを持ちながら駆け抜けた人生でした。

少しでも彼の人生の交差できて本当に良かったです。

本物の極北の人間に会えて光栄でした。

アレックス、安らかに。。。

alex gathering
<土に還ってゆくアレックス。長く濃い一生を振り返り、どう感じているのか。>

(アレックスが亡くなった後のユーコン新聞の記事

十勝の仲間

北海道十勝にきています。

こちらでも北海道に住んでいた時の仲間の一部に会っています。

昨日は同じ写真家同志の宮本昌幸さん。(先日テレビにも出ていましたが、見逃してしまいました。。。)自然写真をする同世代の人間としてお互いがんばっていこうという話に自然となります。


そしてその夜はスローフードの湯浅優子さんのお宅へ。

以前何度か泊めてもらいましたが、懐かしく落ち着く場所です。そして優子さんに会うといつもほっとさせられるものがあります。

そこに来てくれたのが、雑誌スロウの斉藤裕人さん。

素敵で独特のイラストやアートを作る方で、僕のカレンダーも実は裕人さんが作ってくれています。

初めてお会いする家具を作る奥さんの季意子さんもつれてきてくれました!

(芸術家は芸術家と結婚するいい例ですね。)

今朝は優子さんの飼い犬2匹の散歩をしながら、農場の周りを歩いてきました。

farm inn

そして今日の夜はロッジラッキーフィールドへ。

fly.jpg

yosshi.jpg

本当の釣り吉である吉原拓志ことヨッシーと奥さんのなぎささん、そして愛娘のKちゃんが迎えてくれました。

Kちゃんは本当に大きくなった!明日ヨッシーが鹿討に連れていってくれる予定です。

明日の夜ようやく釧路方面に入る予定ですが、こうして北海道でもいろんな人に再会できて幸せです!

北海道懐かしいですし、やっぱり日本では一番落ち着く場所です。

植村直己さんの足跡 北極海の村にて

気づくももう日本もGWの終わりですね。

こちらも雪がほぼ完全に溶け、春らしい日和となってきています。

春と夏の代名詞である蚊も既に出始めました。。。

昨日はきれいなオーロラが夜中頃爆発し、白夜に近くなった青い空で揺れていましたよ。


遅くなりましたが、アイスロードのツアーで印象に残ったことを書きます。

あの植村直己さんの足跡が北極海のタクトヤクタックの村でありました。

NT_2002855.gif
<北極海に面する村、タクトヤクタック。イヌイットの人たちが住んでいます。>

今回の旅では2度違った時期に訪れましたが、2回目で泊まった宿の主が植村直己さんのことを熱く語っていました。

グリーンランドからアラスカへの犬ぞり冒険の途中にこの村に立ち寄った植村さん。

その時にヘトヘトになった犬と彼をしばらく面倒みたらしいのが、宿の主Patsyのお父さんのエディー・グルーベンさんだったようです。

(彼のこの時の冒険の本はこちら。「北極圏1万2000キロ」植村直己 随分前に読みましたが、もう一度読み直したい本です。)

naomi uemura1
<植村さんのポスターを持つパティー>

当時若かったPatsyは植村さんの為にお料理をしたそうです。

よかれと思って西洋式の白人が食べものを出したようですが、植村さんは伝統食のアザラシやシロイルカなどを床に座って家族と一緒になって食べたようです。

現地食を食べると一気にその文化に受け入れてもらえますが、冒険家の植村さんらしいエピソードで嬉しくなります。

naomi uemura2
<世界で最初に北極点に単独で到達した日本の冒険家・植村直己と書いてあります。>

こんな世界の果てのような場所でも、彼の業績と思い出が人々の心の中に残っていると思うと嬉しくなりました。

おまけにこちらも日本人だということで、宿の割引までもらってしまいました。。。(ありがとう植村さん。)

デナリの冬季単独登頂後に亡くなってから久しく立ちますが、今もどこかで眠られているはずです。

明日からまたアラスカに2週間ほど出かけてきますが、植村さんが眠っているであろうマッキンレー山も見てきます。

naomi uemura3
<サイン付きの写真>
プロフィール

上村 知弘       (うえむら ともひろ)

Author:上村 知弘       (うえむら ともひろ)
○○○○○○○○○○○

<連絡先>
ご連絡のメールは以下です。
お問い合せ先メール

<プロフィール>

1978年生まれ、神戸育ち

高校時代より海外の文化に興味を持ち始め、大学時代にアメリカへ留学。これを機に、ヨーロッパ、インド、東南アジアなどをバックパックで周り、世界の文化、自然への興味を募らせていく。

卒業後、極地冒険家大場満朗冒険学校、動物保護団体NPOアークで働いた後、2004年カナダへ渡航。

カナダ極北ユーコン、アラスカにて、夢であった原野での旅を繰り返しながら、自然の中での生活、自然写真へのめりこんでゆく。

ユーコンにて3年暮らし、オーロラ、アウトドアガイドを努めた後、2007年帰国し丹頂の里、北海道道東鶴居村へ3年間移住。

2011年5月よりカナダ ユーコン準州へ戻る。
永住権を取得し、ユーコンでの生活を再開。

カナダ人の妻とユーコン準州ホワイトホースの森の中にて、17頭の犬とゲル(モンゴルの伝統的テント住居)暮らし中。

2012年ガイドビジネスの立ち上げ。
www.tntnaturecon.com

2014年 初写真集「Dall Sheep」の出版
www.seiseisha.net/dallsheep.html

極北の自然、犬ぞり、生活、原野の旅を楽しんでいます。

 SHEEP illustration
    Dall Sheep © t.m.

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