極北のインディアン −思い出の写真−
今日、講演の準備で昔の写真をあさっていました。
まだユーコンに来て最初の頃に撮った、白黒写真を見つけました。
極北の人の暮らしにあこがれて、オールドクローという遠いインディアンの村を訪ねていったときの写真です。
その頃は、古いマニュアル式の一眼レンズに、たった一本の90mmレンズを付けていました。
ちょうど秋のカリブーの季節移動の時期にあたり、3週間目に村にカリブーの群れがやってきました。
オールドクローに住む人にとって、カリブーは食料としても、精神的、文化的なつながりの象徴としても、切っても切れはなすことができない動物です。
村のおじいちゃんのカリブーハンティングに動向もさせてもらいました。

"Facing the Caribou Stream" <カリブーの群れを前に、ライフル片手に近づくインディアンおじいちゃん>
ツンドラのむこうからどんどんやってくるカリブーに圧倒されながら、それを倒してゆくインディアンのハンター。
なにもかもが新鮮で、消化しきれないほどの刺激がありました。
そして、たまたま撮れた一枚の写真。
村のおばあちゃんが、男衆が獲ってきたカリブーを嬉しそうに刻んでいる写真です。
この写真が、後に写真にのめりこみ、続けてゆくきっかけとなってくれました。

"Elder Cutting Caribou Meat"<秋の収穫。カリブーを細かく切る古インディアンおばあちゃん>
時間を経って写真をみると、その時の記憶が新鮮に蘇ってきます。
時を止めることのできる写真。 改めて、いいものですね。
まだユーコンに来て最初の頃に撮った、白黒写真を見つけました。
極北の人の暮らしにあこがれて、オールドクローという遠いインディアンの村を訪ねていったときの写真です。
その頃は、古いマニュアル式の一眼レンズに、たった一本の90mmレンズを付けていました。
ちょうど秋のカリブーの季節移動の時期にあたり、3週間目に村にカリブーの群れがやってきました。
オールドクローに住む人にとって、カリブーは食料としても、精神的、文化的なつながりの象徴としても、切っても切れはなすことができない動物です。
村のおじいちゃんのカリブーハンティングに動向もさせてもらいました。

"Facing the Caribou Stream" <カリブーの群れを前に、ライフル片手に近づくインディアンおじいちゃん>
ツンドラのむこうからどんどんやってくるカリブーに圧倒されながら、それを倒してゆくインディアンのハンター。
なにもかもが新鮮で、消化しきれないほどの刺激がありました。
そして、たまたま撮れた一枚の写真。
村のおばあちゃんが、男衆が獲ってきたカリブーを嬉しそうに刻んでいる写真です。
この写真が、後に写真にのめりこみ、続けてゆくきっかけとなってくれました。

"Elder Cutting Caribou Meat"<秋の収穫。カリブーを細かく切る古インディアンおばあちゃん>
時間を経って写真をみると、その時の記憶が新鮮に蘇ってきます。
時を止めることのできる写真。 改めて、いいものですね。
東京都美術館の展示
昨日東京都美術館にいってきました。
第9回NAU21世紀美術連立展に、出品させていただいた自分の作品を見てきました。
絵画やモダンアートといった前衛的なグループ点ですが、そこに3つの写真を飾っています。
写真は全てドールシープの写真で、1つは横が2mほどある大型パノラマ写真にしています。
忙しい東京の真ん中で、少しでも北の原野にいる雰囲気が伝われば幸いです。
10月3日までの展示ですが、お時間がある方、散歩がてらにいって頂ければうれしいです。
・2008年9月18日〜10月3日
東京都美術館(上野公園内)
第9回NAU21世紀美術連立展
第9回NAU21世紀美術連立展に、出品させていただいた自分の作品を見てきました。
絵画やモダンアートといった前衛的なグループ点ですが、そこに3つの写真を飾っています。
写真は全てドールシープの写真で、1つは横が2mほどある大型パノラマ写真にしています。
忙しい東京の真ん中で、少しでも北の原野にいる雰囲気が伝われば幸いです。
10月3日までの展示ですが、お時間がある方、散歩がてらにいって頂ければうれしいです。
・2008年9月18日〜10月3日
東京都美術館(上野公園内)
第9回NAU21世紀美術連立展
多文化世界とMY パートナー
さて、ようやく家に戻ってきました。
バンクーバーで、一週間すごした後に日本に帰ってきました。
私にはカナダ人のパートナーがいるのですが、両親同士の初の顔合わせと食事会をしました。
父親にとっては初めての海外、そして母親にとっては2度目の海外旅行だったので、彼女の両親とうまくいくかがきがかりでした。
蓋をあければ心配無用。
お互い文化の違いありながらも、リラックスをして、楽しんでいたようです。
母親なんかは、パートナーの父親と音楽にのって踊っていました。
カナダは移民の多い国で、5,6人に一人が国外で生まれて、カナダに住み着いた人たちです。
(パートナーの父親もクロアチアからの移民です。)
特にバンクーバーは西海外の大きな都市だけあって、街を歩けばいろんな人種の人であふれています。
それぞれが違った文化、習慣、言語をもった人たちが一緒に暮らしていくのは大変なことですが、不思議とカナダは大きな問題もなくまとまっているようです。
同じような考えをもっていると思って接すると、違いが出たときに問題になりますが、
最初から違った価値観と思って人に接すると驚きがあって結構楽しいのかもしれませね。
パートナーとも、違った言語、文化はありますが、価値観が似ているためか、あまり大きなケンカをすることはありません。(英語でケンカしても、不利なだけですもんね!)
違いを超えていろいろな人と接すると、そこでいろんな発見ができます。
今までは、知らなかった自分のことも学べます。
北海道は、パートナーにとっては異国の地。
私以上に、驚きや発見の連続ですが、日本という国、そして北海道という土地を楽しんでいるようです。
今までは、あまり写真撮影や旅についてくる機会がありませんでしたが(後ろから本当によく支えてくれていました。)、今後はパートナーとも、できるだけともに一緒に自然や感動を味わって行きたいと思います。
一人で過ごす時間も必要ですが、パートナーであれ、友人であれ、だれかとともに自然の感動を味わうのも悪くはありません。
今日も鶴居村から釧路へ出てくる途中、夫婦の丹頂鶴が飛んでいきました。
彼らもパートナー同士、また冬の食料場である鶴居村へ来ているようです。
バンクーバーで、一週間すごした後に日本に帰ってきました。
私にはカナダ人のパートナーがいるのですが、両親同士の初の顔合わせと食事会をしました。
父親にとっては初めての海外、そして母親にとっては2度目の海外旅行だったので、彼女の両親とうまくいくかがきがかりでした。
蓋をあければ心配無用。
お互い文化の違いありながらも、リラックスをして、楽しんでいたようです。
母親なんかは、パートナーの父親と音楽にのって踊っていました。
カナダは移民の多い国で、5,6人に一人が国外で生まれて、カナダに住み着いた人たちです。
(パートナーの父親もクロアチアからの移民です。)
特にバンクーバーは西海外の大きな都市だけあって、街を歩けばいろんな人種の人であふれています。
それぞれが違った文化、習慣、言語をもった人たちが一緒に暮らしていくのは大変なことですが、不思議とカナダは大きな問題もなくまとまっているようです。
同じような考えをもっていると思って接すると、違いが出たときに問題になりますが、
最初から違った価値観と思って人に接すると驚きがあって結構楽しいのかもしれませね。
パートナーとも、違った言語、文化はありますが、価値観が似ているためか、あまり大きなケンカをすることはありません。(英語でケンカしても、不利なだけですもんね!)
違いを超えていろいろな人と接すると、そこでいろんな発見ができます。
今までは、知らなかった自分のことも学べます。
北海道は、パートナーにとっては異国の地。
私以上に、驚きや発見の連続ですが、日本という国、そして北海道という土地を楽しんでいるようです。
今までは、あまり写真撮影や旅についてくる機会がありませんでしたが(後ろから本当によく支えてくれていました。)、今後はパートナーとも、できるだけともに一緒に自然や感動を味わって行きたいと思います。
一人で過ごす時間も必要ですが、パートナーであれ、友人であれ、だれかとともに自然の感動を味わうのも悪くはありません。
今日も鶴居村から釧路へ出てくる途中、夫婦の丹頂鶴が飛んでいきました。
彼らもパートナー同士、また冬の食料場である鶴居村へ来ているようです。
心の地図
この世界には、たくさんの地図があります。
日本人には、日本が中心とした世界地図がしっくりときますし、
南半球に行くと当然地図は、”逆さま”になっています。
どこに立つかによって、世界の見え方が変わってくるのは、面白いことですよね。
人間一人一人も、きっといろんな地図を持って、まったく違った世界を眺めているのだと思います。
北極点を中心とした地図があるのですが、北の世界を見るときに普通の地図とは違った視点を与えてくれます。
![map[1]](http://blog-imgs-41.fc2.com/n/a/t/naturayukon/20080918042839.jpg)
この地図を見ていた面白いのは、極北の地域、北の世界がつながっているということです。
そこには、カナダ、アメリカ、ロシアやスカンジナビア諸国といった違った国が存在しますが、自然は国境など関係なく繋がっています。
そして、もうひとつ気になるのが、この地図の左上端に、北海道が半分切れて載っていること。
北海道に暮らしてほんのわずかの時間ですが、北の世界の一部として見ると、ヒグマやエトピリカなんかがいることが、ひとつのつながりの中で見えてきます。
この前釧路で出会った海洋冒険家も、北海道をヨットで出発し、今はアラスカに着いています。当たり前ですが、海は陸と陸をつなげているんですね。(アリューシャンで、100年ぶりの火山の爆発に出会ったそうですが、無事のようです!)(Alvah &Diana Simonのブログ)
今回の一人旅では、将来の計画を立てる時間を持つことができました。
わかったのは、もっともっと原野の奥深くはいり、長い時間を過ごしたいということ。
じっくり、ゆっくり、どっぷりと自然やそこに住む人々を体感したいということです。
北の世界の美しさは、その厳しくとも美しい自然と、そこに住む人の自然に対する見方、高度な技術と文化だと思います。
惹かれる地域は、カナダの極北地帯である、ユーコン、ノースウェストテリトリー、そしてヌナブト準州などとカナダ、アラスカの太平洋沿岸です。
そして、今から帰る北海道も、北の世界の視点から、新しいイメージがだんだんとつかめてきました。
今のところ、もうしばらく(どのくらいかはわかりませんが)北海道に滞在し、そしてまた極北に移る予定でいます。
もっと奥深い原野の中に長期間入ってゆくには、道路がない為、車以外の移動手段も必要です。そして、もっともっと自然の中での技術を勉強し、練習をしなければいけません。当然資金と時間も必要です。
ひとつひとつクリアーにしながら、北の世界を回り、そこで”なにか”をつかめたらと思っています。
”なにか”とはなにか。それがはっきりとは分からないのですが、アラスカの火山のように、大きく揺さぶるなにかが、北の自然にはあるような気がしてなりません。
何年か前、目が1ヶ月ほど見えなくなったことがあります。
いろいろと病院をまわりましたが、原因不明で終わりました。
うっすらと光が見えるだけの状態が1ヶ月ほど続きました。
1ヶ月の間、もう一度目が見えることができたら、何をしようかと考え続けました。
今になってみると、どんな答えがでたのかははっきりと思い出せません。
ただ、一度失った見る力。回復するのであれば、なにか大きなものをとことん見てみたいと思ったのは覚えています。それが、今の答え、地図につながっているのでしょうか。
1ヶ月後、目に光が戻りました。
そして、もうひとつ。まだ30歳の私ですが、友人と親戚を含めた何人かが、若くしてこの世から去っています。
一人の死はさまざまなメッセージを残された人に与えてゆきます。
(暗い話でごめんなさいね。)
見えるうちに、生きてるうちに、好きなことをとことんできれば素晴らしいことですよね。
北の自然と、そして自分自身や人とできるだけ繋がっていければ。
そして今はわからない"なにか”を手に入れたあと、その”なにか”を共有できれば。
そんな夢があります。
恐れや不安もありますが、今の心の地図を大切にしながら、様々な人に助けられながら、一歩一歩進んでいきたいと思います。
日本人には、日本が中心とした世界地図がしっくりときますし、
南半球に行くと当然地図は、”逆さま”になっています。
どこに立つかによって、世界の見え方が変わってくるのは、面白いことですよね。
人間一人一人も、きっといろんな地図を持って、まったく違った世界を眺めているのだと思います。
北極点を中心とした地図があるのですが、北の世界を見るときに普通の地図とは違った視点を与えてくれます。
![map[1]](http://blog-imgs-41.fc2.com/n/a/t/naturayukon/20080918042839.jpg)
この地図を見ていた面白いのは、極北の地域、北の世界がつながっているということです。
そこには、カナダ、アメリカ、ロシアやスカンジナビア諸国といった違った国が存在しますが、自然は国境など関係なく繋がっています。
そして、もうひとつ気になるのが、この地図の左上端に、北海道が半分切れて載っていること。
北海道に暮らしてほんのわずかの時間ですが、北の世界の一部として見ると、ヒグマやエトピリカなんかがいることが、ひとつのつながりの中で見えてきます。
この前釧路で出会った海洋冒険家も、北海道をヨットで出発し、今はアラスカに着いています。当たり前ですが、海は陸と陸をつなげているんですね。(アリューシャンで、100年ぶりの火山の爆発に出会ったそうですが、無事のようです!)(Alvah &Diana Simonのブログ)
今回の一人旅では、将来の計画を立てる時間を持つことができました。
わかったのは、もっともっと原野の奥深くはいり、長い時間を過ごしたいということ。
じっくり、ゆっくり、どっぷりと自然やそこに住む人々を体感したいということです。
北の世界の美しさは、その厳しくとも美しい自然と、そこに住む人の自然に対する見方、高度な技術と文化だと思います。
惹かれる地域は、カナダの極北地帯である、ユーコン、ノースウェストテリトリー、そしてヌナブト準州などとカナダ、アラスカの太平洋沿岸です。
そして、今から帰る北海道も、北の世界の視点から、新しいイメージがだんだんとつかめてきました。
今のところ、もうしばらく(どのくらいかはわかりませんが)北海道に滞在し、そしてまた極北に移る予定でいます。
もっと奥深い原野の中に長期間入ってゆくには、道路がない為、車以外の移動手段も必要です。そして、もっともっと自然の中での技術を勉強し、練習をしなければいけません。当然資金と時間も必要です。
ひとつひとつクリアーにしながら、北の世界を回り、そこで”なにか”をつかめたらと思っています。
”なにか”とはなにか。それがはっきりとは分からないのですが、アラスカの火山のように、大きく揺さぶるなにかが、北の自然にはあるような気がしてなりません。
何年か前、目が1ヶ月ほど見えなくなったことがあります。
いろいろと病院をまわりましたが、原因不明で終わりました。
うっすらと光が見えるだけの状態が1ヶ月ほど続きました。
1ヶ月の間、もう一度目が見えることができたら、何をしようかと考え続けました。
今になってみると、どんな答えがでたのかははっきりと思い出せません。
ただ、一度失った見る力。回復するのであれば、なにか大きなものをとことん見てみたいと思ったのは覚えています。それが、今の答え、地図につながっているのでしょうか。
1ヶ月後、目に光が戻りました。
そして、もうひとつ。まだ30歳の私ですが、友人と親戚を含めた何人かが、若くしてこの世から去っています。
一人の死はさまざまなメッセージを残された人に与えてゆきます。
(暗い話でごめんなさいね。)
見えるうちに、生きてるうちに、好きなことをとことんできれば素晴らしいことですよね。
北の自然と、そして自分自身や人とできるだけ繋がっていければ。
そして今はわからない"なにか”を手に入れたあと、その”なにか”を共有できれば。
そんな夢があります。
恐れや不安もありますが、今の心の地図を大切にしながら、様々な人に助けられながら、一歩一歩進んでいきたいと思います。
ユーコンの呪縛
昨日、ユーコンのドーソンに到着しました。
今回はアラスカにいた時間が長かったので、ユーコンが懐かしく思えます。
ドーソンはゴールドラッシュで栄えた街。
倒れかけた飲み屋や協会。舗装もされていないダウンタウン。
今でも、町並みはその当時の面影を残しています。
街中を歩いていると、壁に書かれた詩が目に入ってきました。

The Spell of the Yukon
I wanted the gold, and I sought it;
I scrabbled and mucked like a slave.
Was it famine or scurvy, I fought it;
I hurled my youth into a grave.
I wanted the gold, and I got it --
Came out with a fortune last fall, --
Yet somehow life's not what I thought it,
And somehow the gold isn't all.
ユーコンの呪縛
金を求めて、探し回った。
奴隷のようにほじくりかえした。
飢餓や壊血病なんかと闘いながら、
青春を墓に投げた。
金が求めて、そして手に入れた。
昨年の秋、大当たりをしたのだ。
でも、自分が描いていた人生とは何かが違う。
どういうものか、金が全てではないのだ。
ゴールドラッシュ時代に、ドーソンにしばらく滞在した詩人、ロバートサービスの詩です。
世界中から金を求めて、多くの人がドーソンに集まってきました。
たいていの人は、資金をなくして帰るか、途中で命を落としていったようです。
お金がないと生きていけないけれど、マスターカードが言うように、
お金で買えないものもあります。
お金とのバランス。難しいですね。
この詩に少し勇気づけられながらも、以上に高いガソリンに頭を抱えているところです。
昔の金鉱夫のようにすっからかんになる前に、ドーソンを出ようと思います。

"Mordern Gold Rush in Dawson"<ドーソンのカジノ。カンカンダンサーを見ながら、現代の金鉱夫がギャンブルにいそしんでいます。>
今回はアラスカにいた時間が長かったので、ユーコンが懐かしく思えます。
ドーソンはゴールドラッシュで栄えた街。
倒れかけた飲み屋や協会。舗装もされていないダウンタウン。
今でも、町並みはその当時の面影を残しています。
街中を歩いていると、壁に書かれた詩が目に入ってきました。

The Spell of the Yukon
I wanted the gold, and I sought it;
I scrabbled and mucked like a slave.
Was it famine or scurvy, I fought it;
I hurled my youth into a grave.
I wanted the gold, and I got it --
Came out with a fortune last fall, --
Yet somehow life's not what I thought it,
And somehow the gold isn't all.
ユーコンの呪縛
金を求めて、探し回った。
奴隷のようにほじくりかえした。
飢餓や壊血病なんかと闘いながら、
青春を墓に投げた。
金が求めて、そして手に入れた。
昨年の秋、大当たりをしたのだ。
でも、自分が描いていた人生とは何かが違う。
どういうものか、金が全てではないのだ。
ゴールドラッシュ時代に、ドーソンにしばらく滞在した詩人、ロバートサービスの詩です。
世界中から金を求めて、多くの人がドーソンに集まってきました。
たいていの人は、資金をなくして帰るか、途中で命を落としていったようです。
お金がないと生きていけないけれど、マスターカードが言うように、
お金で買えないものもあります。
お金とのバランス。難しいですね。
この詩に少し勇気づけられながらも、以上に高いガソリンに頭を抱えているところです。
昔の金鉱夫のようにすっからかんになる前に、ドーソンを出ようと思います。

"Mordern Gold Rush in Dawson"<ドーソンのカジノ。カンカンダンサーを見ながら、現代の金鉱夫がギャンブルにいそしんでいます。>