以前目が一時見えなくなったことがあります。
昨日久々に出かけたダウンタウンの眼科にて、過去の眼の病気のことを聞かれました。
20代の前半、知り合いのイヌイットがいたグリーンランドへの旅の資金稼ぎをしていた時。
車を運転していると、突然小さな玉が眼の中をピンボールのように走るようになりました。
そのまま視力が落ちていき、コンタクトや眼鏡をしても見えない状態。
大きな病院でも原因がわからず、日常生活もままならないまま実家にこもち、この先のことを考えていたのを覚えています。
1ヶ月ほど過ぎた頃だったでしょうか。
視力が突然戻ってきました。
時は過ぎて北海道の釧路の小さな眼科に行った時のこと。
お医者さんが、こちらが言いもしないのに、眼の病気を煩ったことがあるのかと聞いてきました。
大きな総合病院でも分からなかった病名が、街の小さなお医者さんによって初めてわかりました。
あれから10年も過ぎましたが、幸いずっと眼が見え続けています。
病気後世界を見る目が変わったかというと、正直たいして今までは深く考えたことがありませんでした。
昨日眼科にて眼の裏の写真を撮ってもらい、昔の炎症の跡をじっくりと眺めました。
全てが経験できるのも、健康な体があってこそ。
よく言われることですが、当たり前と思っていることを今一度思い出すことができた一日でした。
この影響かはわかりませんが、たった今白黒のフィルムを注文したところです。
カメラを通して、じっくりと深く刻まれた人や社会、自然の様子を見ていきたい。
ずっとそう思っていたものの、お気に入りのフィルムカメラずっと遠ざかっていました。。。
フィルムならではの感覚で、今一度新たに世界を見直したいと思います。
写真をやる以前に、世界が実在し、その様子が眼で見えること。
眼が見えたら、その眼でじっくりと世界の物事を見て体験し、理解しようとすること。
余裕があれば、カメラという媒体を通して、映像を焼き付けること。
そして他人の生活や他の生命を撮ったのであれば、可能な範囲で自分のものだけとして溜め込まず、
他の人たちと共有すること。。。。
世界を見ることや写真を撮ることに対して、もっとストレートに、根源的なものを見つめ直したいと思いました。
当たり前のものを再認識したとき、世界が違って見えるでしょうか。

<穫れたばかりのサーモンを捌く。カナダ極北グイッチン族の古老、スティーブのキャンプにて。>
スポンサーサイト
theme : 旅の写真
genre : 写真